■ 通訳ガイド体験記
1.ツアー概要
お 客 様 |
海外出張に同伴して来日された女性2名(スウェーデン人、スイス人) |
期 日 |
2005年6月2日 |
旅 行 地 |
福岡市内(井上博多人形工房、友泉亭公園、博多百年蔵) |
2.体験記
はじめての地元ガイド
今回のツアーは2度の熊本観光を経て3度目の仕事です。埼玉から博多に越して3ヶ月、新しい地にも慣れ、ここでガイドができたらと望んでいたところに、タイミングよく依頼が入ったのです。万葉の時代に遡り2千年もの歴史文化を持つ博多の魅力を外国のお客様に伝えるというすばらしい好機に恵まれたことに感謝しつつ、このツアーの成功を心に誓いました。
はじめてのコース企画
通常のツアーではコースは予め決められており、ガイドはそれに従って案内をします。ところが今回、依頼主企業の方が事前にお客様の要望を聞いてくださり、趣向に合わせたコースを提案できることになりました。福岡の観光スポットは、菖蒲が見ごろを迎える太宰府天満宮と周辺仏閣、あるいは大型ショッピング施設等いろいろありますが、お客様が京都・奈良も回られること、お二人の年齢が離れていること、当日17時過ぎに博多駅で電車に乗るといったことを踏まえ、博多の歴史文化を身近に楽しめるコースを企画することにしました。また貸切りタクシーで移動するため、タクシー会社の方にも交通事情の観点からアドバイスをいただきました。
その結果お勧めしたコースは、最初に博多人形工房で美しい人形を見学、友泉亭の庭園で抹茶を飲み休憩、博多百年蔵で酒造の見学と試飲、間に昼食を挟み、最後に時間が余った場合はお見送りする駅近くの百円ショップへご案内する、というものです。後日お客様がその企画を大変気に入っていただいたとのご連絡を受け、最終的に決定しました。
当日の朝・・・母国語でご挨拶
そして当日を迎えました。通訳ガイドはサービス業であり、第一印象が大切です。初対面で良い印象を与え、信頼していただかなければなりません。今回は普通の挨拶に一工夫、お客様の母国語であるスウェーデン語とスペイン語でおはようございます、と言ってみたところ、ぱっと笑顔を浮かべてくださいました。タクシーにご案内後、ドライバーさんを紹介、コースを確認していよいよ出発です。
ハカタ・ドールに魅せられて
最初の観光スポットは博多人形工房です。玄関を上がり中に入った途端、ずらりと並べられた美しい人形にお客様の目が釘付けになりました。博多人形職人の一人者である井上あき子氏ご本人が丁寧に案内してくださり、それを通訳しながら、一階の工房中にずらりと展示された博多人形、さらに二階の座敷に飾られたものまでゆっくりと見学しました。中には地震の被害を受け、壊れてしまったものもありました。お客様は熱心に見学され、それぞれの人形が何をしているところなのか、人形を作るのにどれくらい期間を要するのかといった質問を積極的にされました。
博多人形の美しさは、その繊細さ、生命力にあると思います。一体一体の人形は立ったり座ったり踊ったり、様々なポーズをしています。人形はまるで本当に生きていて、何か語りかけているようです。それはきっと、実在や空想上のモデルが持つ生命を、作る人がそのまま人形に吹き込んでいるからでしょう。また人形の着物はまるで絹そのもので、布が自然に膨らんだ感じや、重ねた着物から透かして見える模様がなんとも繊細です。全てが粘土に絵付けしただけで作られたとはとても思えません。お客様はもちろん、ガイドの私までがその魅力の虜になってしまい、場を離れるのが惜しく、最後は本当にもういいですねと確認し、未練を残しながら工房を出ました。
サムライ気分でひとやすみ
工房を出た後は、お客様の両替のために途中で銀行へ立ち寄り、次に友泉亭に行きました。友泉亭は家康の時代以降福岡一帯を治めていた黒田藩の別邸で、情緒ある和風の屋敷と、秋は紅葉で美しい静かな庭園が楽しめます。お客様を屋敷内にご案内し、池を泳ぐ鯉を見つめながら、抹茶をいただきました。その合間にお客様が持っていたビデオカメラを拝借、抹茶の葉は日光を遮って育てられるので甘いのですよ、等とナレーションを入れながら撮影して差し上げ、思い出作りに一役買いました。博多人形工房と両替で予定より時間がかかってしまったため、ここでの散策は省略し、日本料理レストランへと向かい豆腐料理を堪能しました。
ジャパニーズ・ワイナリーへ
昼食後に向かったのが、福岡市内唯一の酒造である博多百年蔵・石蔵酒造です。内部は大きな酒樽が並び、毎年2月に新酒が完成する頃は、お披露目のイベントで賑わいます。この日は他にも団体観光客が訪れており、賑やかな雰囲気の中、日本酒の造り方を英語で解説した映像を鑑賞後、試飲を楽しみました。またお客様はユニークな形をした徳利に関心を持たれ、荷物になるのではと迷いながらも一本購入されました。
ワンハンドレッド・エン・ショップでしめくくり
そして博多駅に到着。電車の出発までまだ30分余り時間が残っていたため、隣ビルの百円ショップにお連れして、その間を過ごすことにしました。バラエティに富んだ日本の雑貨を集めた百円ショップは最近の人気スポットです。私も銀座を歩いているときに外国人観光客から`Were is a one-hundred yen shop?’と聞かれたことがあるほどです。店内にご案内すると、年配のお客様が日本の童謡のCDを手に取り、どんな歌が入っているのかと尋ねられました。即興で歌ってさしあげたら喜ばれ、結局2枚ほど選んで購入されました。そして博多駅へ見送り、笑顔で別れの挨拶を交わし、ツアーが無事終了しました。
最後に・・・通訳ガイドとしてのプライドを持って
通訳ガイドは決して華やかなだけの仕事ではありません。お客様を英語でご案内する表舞台だけでなく、必要に応じて荷物を運ぶのを手伝ったり、靴をそろえたり、昼食時にはお茶を入れたりという、裏方の役割も多くあります。ドライバーさんに挨拶するときも、自分から頭を下げます。こんなことまでしなくてもよいのでは、と考える人もいるかもしれません。でも私はお客様が快適にツアーを楽しむ上で、必要と思うことはできる限りしたいので、進んでするようにしています。最近観た映画で、ホテルの従業員が次のようなセリフを言いました。‘We serve for customers, but we are not their servants.’「私たちはお客様に仕えるが、使用人ではない。」だからプライドを持って仕事をしようということです。英語を話すときも、それ以外のときも、同じようにプライドを持って堂々としていたいものです。
通訳ガイドの醍醐味は、外国から来る一流のお客様と時間を共有できることです。お客様と長い時間一緒にいることは、日常生活では得られないような格別のエネルギーを与えてくれ、より自分を高めようという気持ちにしてくれます。通訳ガイドとして、知識や経験を増やしていくことも勿論大切ですが、それと同時に、美しいものに感動したり人との出会いを尊んだりといった心の訓練も積み重ね、ハイクラスのお客様をもてなすのにふさわしい人間になりたいです。
最後に博多人形工房見学で2時間にもわたりご案内くださった井上様をはじめ、お客様にヒヤリングを行いツアーの成功に導いてくださった依頼主企業の担当者様、このツアーを紹介、終始アドバイスくださった九州通訳ガイド協会の皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。また富士通訳アカデミーの知念先生はじめ、通訳ガイド仲間の皆様、そして仕事をサポートしてくれる家族にも、あらためて謝意を述べたいと思います。どうもありがとうございました。
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