■ 通訳ガイド体験記(
スウェーデン人ツアー
)
1.ツアー概要
お 客 様 |
建築関係のお客様、スウェーデンから45名(うち20組がご夫婦) |
期 日 |
2005年10月23日(日) |
旅 行 地 |
福岡市 内(香椎浜住宅展示場、キャナルシティ博多、福岡タワー、アクロス福岡) |
2.体験記
さて、これまで新人通訳ガイドの仕事ぶりをエピソード風に綴ってきましたが、いかがでしたか。楽しそう、私にもできそう・・・そんな風に思っていただけたでしょうか。それとも、なかなか大変そうだなぁと、不安になられましたか。
第5話となる今回は、バスツアーへの初挑戦です。バスツアーのガイドは、英語版バスガイドと添乗員の2役をこなします。ツアーの成否を大きく左右するこの仕事は責任重大ですが、一方で大変やりがいのある、すばらしい仕事です。ここでは前半に当日のエピソードを、後半にはお客様に楽しんでいただくために工夫したことをまとめてみました。皆様に少しでも仕事の中身が伝わり、興味を持っていただければ幸いです。
◆初めてのバスツアー、お客様は45名のスウェーデン人
10月21日金曜日、仕事の最中に携帯電話が鳴りました。発信者表示はJTB、もしかすると久しぶりに仕事の依頼?と半分期待しながら出てみると、予想は的中。
その内容は、スウェーデンから建築関係の方々が45人来られる・・・東京、箱根、京都と既に観光されていて、その続きで福岡に回って市内の建築物を見学するので、その日(23日の日曜日)を担当してほしい・・・というものでした。
45人のバスツアーと聞いて、一瞬戸惑いました。少人数のツアーすら3度しかしていない、バスツアーと言えば地元で所属している九州通訳ガイド協会の研修で一度しただけで、仕事としては全くの未経験。しかも明後日なんて・・・。
でも迷いはすぐに吹き飛びました。・・・この仕事をこなして、バスツアーもできるようになったら、大きな自信につながるし、仕事の幅も広がるはず。だからやってみよう、絶対大丈夫・・・。いちにのさん、で気持ちを切り替えると、「はいっ、できます!」と、威勢よく引き受けてしまいました。電話を切ると、ワクワクした気持ちと、ピリッとした緊張感が同時に沸いてきました。
お話をいただいたのはツアーの前々日です。その日も翌日も宇宙博の仕事がフルタイムで入っていて、ツアー前日は飲み会の予定までありました。加えて家事と、娘の世話と・・・。ぎゅうぎゅうのスケジュールです。それでもやる気になれば勢いで何でもできるもの、普段の数倍の効率で家事をこなし、娘を寝かしつけた後、パソコンと電子辞書で住宅関連の用語や見学スポットの情報を調べ、セリフを考えてノートにまとめながら、話す練習をしました。仕事のお昼休みには、仲間にも聞いて、いろいろ教えてもらいました(詳細は次項で・・・)。
そして当日。スウェーデンからいらしたお客様、計45名を博多駅の新幹線 ホームから駅 前のバス乗り場へ誘導、バスにお乗せして、香椎浜(博多郊外)の住宅展示場、キャナルシティ博多(九州最大のショッピングモール)、福岡タワー、アクロス福岡(国際交流を目的とした会議室などが入った商業施設)へとご案内しました。
この日はいくつもの幸運が重なりました。秋晴れの爽やかな青空に恵まれたこと。ほとんどの見学スポットが自宅の近所で既に何度か行っていたこと。住宅展示場に関しては、両親がつい3年程前に実家を新築した際に何度も通い、事情がかなりわかっていたこと。お客様が礼儀正しく時間をしっかり守ってくださったこと。何より、ツアーリーダーの Peterさんが日本に少し住んでいた経験があり、日本の事情に詳しく、至るところでサポートしてくださったこと・・・。おかげで、大変スムーズに楽しくツアーを終えることができました。
◆お客様に楽しんでもらいたいと思って工夫したこと
その1 . `データ'よりも`ストーリー'を話そう
今はネットに何でも載っています。観光情報は大抵英訳も出ているので、ガイディングに必要な情報のうち表面的なもの、たとえば、博多駅を利用する人の数だとか、タワーの高さだとか、キャナルシティを作った米国人建築家のバックグラウンドとか、何年にできたとか・・・。そういったことは、日本語はもちろん、英語の説明までもほとんど手に入ってしまいます。
でも、そうした活字の情報、いわゆる‘データ'ばかり話していたらお客様は退屈してしまいます。第一、○○が何メートルで、何年に建てられて・・・などと聞いても、大抵の場合すぐに忘れてしまうし、後からどうにでも調べられるのですから。自分がバスツアーに参加するとしたら、ガイドさんから何を聞きたいだろうか。私はお客様の立場になって考えてみました。
ネットにもガイドブックにも載っていないこと、地元に住んでいる人ならではの話題・・・行ってみてどうだったとか、昔どうなっていたとか、どういう風においしかったとか、きれいだったとか・・・そういう五感でキャッチされた、実感のこもった話がおもしろい。生きた情報、つまり‘ストーリー'を聞きたい・・・。
ところが、私は福岡に関する‘ストーリー'を、まだほんの僅かしか持っていません。何しろ、埼玉から福岡に越してまだ7ヶ月程度、その間いくら歩き回ったところで、短期間で得られる情報には限界があります。自分で経験したことで話題にできるとしたら、せいぜい春に起きた大地震のことくらい。ここは人の力を借りるしかない・・・仕事の昼休みに、私は一緒にいた仲間に聞いてみることにしました。九州通訳ガイド協会の縁で知り合い、宇宙会議の仕事ですっかり仲良くなった2人の女性です。
・・・ヤフードームとホテルのあたりは風水に基づいて建てられたんだよ、龍の通り道があってね・・・あの一帯は海外の建築家に競わせてビルが作られたから、ユニークなデザインの建物がたくさんあるでしょう・・・アクロスは外に階段があって土日は登れるけど、結構ハードだからお客様がご年配なら登らないほうがいいね・・・。
まさに地元に住んでいる人ならではの話題が次々出てきます。何で知ってるの?という私に、ずっと住んでいるからだよと笑いながら、たくさんの情報、更にはこんなことも話したらとアドバイスまで惜しげもなくくれた彼女たち・・・その優しさが嬉しく、仕事中なのに思わず涙ぐみそうになってしまいました。
ツアー前日の仕事が早めに終わったので、飲み会に行く前にキャナルシティ博多(ショッピングモール)に寄り、行きつけのショップの店員さんに日本の住宅について教えてもらいました。彼女は住宅関連の仕事をしたことがあり、日本の住宅は「戸」の文化、欧米の住宅は「窓」の文化で、日本の住宅は梅雨の湿気を乗り越えるための工夫が欠かせないことなどを簡単に説明してくれました。またも人に助けられてしまいました。
通訳ガイドというのは、エンターティナーの要素が大いに求められる職業です。これがもし学校の先生だったら、授業で話すことに関しては全て検証して、情報の出所を抑え、正確さを追及しなければならないのでしょうが、ガイドの場合はそれよりも、楽しく話すことにエネルギーを注ぐほうが、お客様は喜びます。
もちろん、いい加減なことを言ってはいけないし、‘データ'もある程度は必要ですが、基本的にガイドというのは、こんな話を聞いたよ、こんな風にも言われるよ、という肩の凝らないトークが歓迎される世界で、‘ストーリー'をどれだけ持っているか、どれだけ楽しく演出できるかが勝負であると思います。私も、福岡に来たばかり、なんてそういつまでも言っていられません。これからもたくさん人と関わり、見聞を広め、‘ストーリー'を一つ一つ増やしていこうと思います。
ところで、話している最中に万が一、‘ストーリー'に尽きてしまったら・・・実はこの日、私は午後に一度だけ話題が切れて、頭が真っ白になってしまいました。そのときは歌を歌ってしのいだのですが、これが意外にも受けて、バス内がワァッと沸き、数名のお客様にビデオを回されてしまいました。自分の下手な歌をスウェーデンに持ち帰られ、大変恥ずかしいのですが、お客様が楽しんでくださったのだから、よしとしましょう。
その2・・・お客様の母国にも興味をもとう
今回も、開口一番はスウェーデン語で挨拶をしました。もちろん大きな声で元気よく。「ヴェルコ〜メン・ティル・フクオカ〜!(ようこそ福岡へ)」。そして、何かあるたびに、「タック(ありがとう)」。最後に「ヘイドー(さようなら)」。事前に知っていたわけではありません。ネットで調べてメモに書き留め、当日の朝に慌てて暗記しただけです。(代表的な国の挨拶ならほとんど載っていますし、音声を聞いて発音をチェックすることもできます)
海外の俳優さんの記者会見でも、たった一言の「コンニチハ〜!」が、どれだけ場の空気を柔らかくして、その俳優さんを親しみやすく見せることか・・・母国語効果は絶大です!
挨拶のほかにも、何かを説明する際に「あなたのお国ではどうですか?」と尋ねてみるなど、常にお客様の母国を意識すると、とても喜ばれます。誰しも自分のことに興味を持ってもらうのはうれしいもの、さらにガイドにとっても知識が増えて勉強になるので、一石二鳥なのです。例えば、スウェーデンはとにかく寒い国だと思っていた私ですが、今回のお客様たちは南部から来られていて、同じスウェーデンでも南の方では雪も大して積もらず、夏は海水浴ができることなどを教えていただきました。
その3・・・なにかひとつ、強みを持とう
私は客観的にみたら、通訳ガイドには全く向いていないでしょう。どうしようもなく方向音痴で、気転も利かず、冷静な判断力もありません。おまけに福岡に越してまだ年月が浅く、地元に長く住んでいる人に比べたら土地の情報も遥かに乏しい・・・。こんな自分がガイドをしてよいのだろうか、と落ち込んでしまうこともあります。
「何かひとつでいいから、強みを持つといいんだよ。何でもいいんだって・・・」。
ある日、通訳ガイド仲間の一人がこんなことを言ってくれました。何かひとつ、自分だけの強み。私が人からほめられることって何だろう・・・。
ありきたりだけど、笑顔・・・。私は笑顔をよくほめられます。高校生の頃、マクドナルドでアルバイトしたときに笑顔の練習がいらないと言われたくらい・・・。自分のいいところは笑顔で相手をもてなし、楽しい気持ちにしてあげられること。だから、これからもいい笑顔でいよう、そのために毎日楽しい気持ちでいよう、そういう人生を送ろう・・・。
そして努力で克服できること・・・調べれば済むこと、手間をかければできることは、自分の力できちんと解決しよう。後は周りの人に助けてもらって、誠意を持って感謝を伝えればいい。誰だって、初めから完璧にできるわけがないのだから・・・。
そう思ったら気持ちがとても楽になりました。でもいつか経験を積んで、人を助けられる余裕ができたら、今度は私がたくさん力になりたいと思います。
最後になりますが、お世話になった皆様へお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。 |